AIデザインツールの2年後予測:Claude Designを使いながら見えてきたもの
Claude Designを毎日使い続けていると、ふと「これ、2年後にはどうなってるんだろう」と考える瞬間がある。ツールが進化するのはいい。問題は、自分たちの仕事がどう変わるかをちゃんと見ておかないと、気づいたらポジションを失っているということだ。
楽観的な予測はいくらでも書ける。でもそれより、今の肌感覚から見えている「たぶんこうなる」を正直に書いておきたい。
デザイナーは消えない、でも「手を動かす」の意味が変わる
Section titled “デザイナーは消えない、でも「手を動かす」の意味が変わる”よく「デザイナーいらなくなる?」と聞かれる。答えは「消えない、でも仕事の中身は別物になる」だと思っている。
Claude Designで実際に作業していて気づくのは、ツールが得意なのは「パターンの組み合わせ」であって、「なぜそれが必要か」は相変わらず人間が考えなければならないことだ。ヒアリングして、課題を定義して、方向性を決めるところは今も全然自動化されていない。
一方で、「ワイヤーを引く」「配色を調整する」といった作業は、明らかにAIが肩代わりし始めている。2年後には「デザイナーの仕事の6割はプロンプトを書くことと、AIの出力を評価・修正すること」になっていると予測している。
プロンプトが設計書になる時代
Section titled “プロンプトが設計書になる時代”今はまだ「プロンプトを書いてデザインを生成する」という感覚があるが、これが逆転すると思っている。つまり「設計書を書いたら、それがそのままプロンプトになる」という流れだ。
実際、NANAKAZOKUでは最近こういう使い方が増えてきた:
# プロジェクト:採用サイトリニューアルターゲット:20代エンジニア、第二新卒トーン:フラットでオープン、堅くないブランドカラー:#1A1A2E, #16213E禁止:スーツ写真、ありきたりなキャッチコピーこれ、もはや仕様書と区別がつかない。プロンプトを書く = 設計する、になってきている。
2年後には、デザインの意思決定ログとプロンプト履歴がほぼイコールになっているはずだ。
「生成の質」より「判断の速さ」が差になる
Section titled “「生成の質」より「判断の速さ」が差になる”正直に言うと、Claude Designの生成品質は今後もっと上がる。生成が上手くなれば、生成品質で差別化するのは難しくなる。
そうなったとき何で差がつくかというと、「何を生成させるべきかを判断する速さ」だと思っている。
今すでにその兆候がある。同じプロンプトを渡しても、デザイン感度が高い人は「この出力のどこが惜しいか」を即座に言語化して次の指示を出せる。そうでない人は、出てきたものをそのまま使うか、漠然と「もっとかっこよく」と言ってしまう。
2年後の差は、AIの使い方の巧拙ではなく、デザインそのものへの理解度で決まる気がしている。皮肉だが、AIが進化するほど「人間側の審美眼」が問われる構造になっていく。
今すぐ全部変わるわけじゃない、という冷静な現実
Section titled “今すぐ全部変わるわけじゃない、という冷静な現実”ここは楽観論を少し冷ます話をする。
Claude Designは確かに便利だが、今の段階では「複雑な条件が絡む案件」「ブランドの歴史が深い企業の案件」「細かい修正を何十回も繰り返す案件」はまだ人間の手が必要な場面が多い。
特に、クライアントワークにおける「なんか違う」を解消するプロセスは、まだAIには任せられない。理由を言語化できないクライアントからのフィードバックを拾って、翻訳して、設計に落とす作業は、相変わらず人間がやっている。
2年で劇的に変わるというより、「できることが少しずつ広がりながら、人間の役割が上流にシフトしていく」というのが現実的な予測だ。
NANAKAZOKUとして今決めていること
Section titled “NANAKAZOKUとして今決めていること”予測を踏まえて、自分たちが今やっていることを書いておく。
- プロンプトを「資産」として蓄積する(毎回ゼロから書かない)
- 生成物に対する評価眼を鍛える訓練を意識的にする
- 「AIにやらせる部分」と「人間が考える部分」の境界線を定期的に見直す
- ツールの進化に振り回されないよう、「なぜそのデザインか」を言語化する習慣を持つ
2年後に「あのとき考えておいてよかった」と思えるか、「あのとき動いておけばよかった」と後悔するか。その分岐は、今の積み上げ方にかかっていると思っている。
作成日:2026年6月27日
更新日:2026年6月27日